ログイン第五十話 大捕物
明治七年 一月。 赤坂で岩倉《いわくら》具視《ともみ》暗殺未遂事件があった。 喰違《くいちがい》の変である。 容疑者は確保されていたが、仲間の数名が行方をくらませていると瓦版には書いてあった。
四月、その仲間が吉原に潜伏しているのではないかと噂になっている。
そこに政府が吉原にやってきて 「容疑者確保の為に協力願いたい」とのことで、妓楼を見回ることになった。
警察など五十人態勢で吉原の妓楼を見回る。 これには客も困ってしまい帰っていく。
「なんだい? これじゃ売り上げにならないじゃないか……」 采がボヤいている。 妓楼なのだが、政府の役人もいて表向きは『貸し座敷』となっている分、抗議ができないままだった。
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第 百二十九話 ラムネ小松屋で感染した妓女たちが徐々に回復していく。 十二名が感染し、二名が亡くなるという結果にはなってしまったが「よかった……」 梅乃が安心していると「うげーっ―」 梅乃の嘔吐がはじまった。「梅乃ちゃん!」 小松崎の大声が響く。 (まさか?) 二階で声を聞いた葉蝉が階段から降りてくると、便所の前でグッタリしている梅乃がいた。「梅乃ちゃん――」 葉蝉が駆け寄ると 「ダメです!」 梅乃は朦朧とした状態で手を広げる。「梅乃ちゃん……」「感染《うつ》りますから……」 梅乃は手を前に出して葉蝉が来ないようにする。小松崎が三原屋に駆け込み「すみません…… 小松屋ですが――」 ドンドンと戸を叩く。「どうされました?」 対応するのは片山である。小松崎が梅乃が感染したことを話すと「なんてこと……」 部屋にいた采にまで話が聞こえてしまった。 小松崎が采の部屋に行き、頭を下げる。 「采さん、すまない…… 梅乃ちゃんが……」 「仕方ないよ。 これも梅乃が自ら医者になった結果だ。 ただ、親としては死なせたくないのが本音だ…… 感染したら外に出ていく訳にもいかないだろうから、少しの間は面倒見てくれないかい?」
第 百二十八話 意地という炎 小夜は翌日の昼近くに三原屋に戻ってきた。 「すみません……私、吉原から出たことがなくて、深川と言われても怖いというか……」 「そんなことないよ…… 大丈夫だから」 「でも、すみません……」 小夜はしきりに謝って花菱楼を出て来たという。 三原屋でも噂になり、表向きは小夜が潜入捜査をしたことになっている。 「小夜、よく花菱楼の悪事を暴いたね。 よくやったよ~」 妓女が小夜の頭を撫でると「へっ?」 小夜の目は点になってしまった。「小夜…… ちょっとおいで」 采が呼ぶと、肩を落として部屋に入っていく。「お婆、すみませんでした……」 「……」 采は黙って小夜を見つめる。「失礼しんす……」 梅乃と勝来が采の部屋に入ってくると「……」 小夜は、より一層、緊張感が高まっていのを感じる。「小夜、私から話していいかな……?」 梅乃が小夜を見ると「うん…… 話して」「前にも言ったけど、私が邪魔なら言ってね」「それで、どうするのよ?」 小夜が顔をあげると
第 百二十七話 暗闇の暗号「わかりました。 では、引手茶屋にご案内しましょう……」 梅乃が手を叩くと小夜が近づいてくる。「はい……」 小夜が頭を下げる。 この世界は遣り手の席の者が高い立場にあって、呼ばれた者は頭を下げて指示を待つことになっている。「……」 梅乃は黙って小夜を見る。 数秒が経った後「一花いるー?」 梅乃が声を上げると、一花が走ってくる。「……梅乃?」 小夜は、またもや呆然としてしまう。千に突き飛ばされ、古峰にも突き飛ばされる。 最後には梅乃にまでスルーされてしまったのだ。何も知らない小夜の目に涙が滲む。(何よ…… 私は加わってはいけないの? もしかして私が犯人扱いされているの?)小夜が悔しそうな顔をして外に飛び出していく。 客は小夜を気にしてか、何度も外を見ていた。「一花、お客様を千堂屋まで案内してくれる?」「わかりました」 客は八千代と一花を連れて引手茶屋に向かった。客が戻ってくると 「お二階へどうぞ。 酒宴で宜しいでしょうか?」 梅乃が訊くと 「そうね…… そんなに高い物じゃなくていいわ」 これに八千代が答えていく。(馴染みか…… 私が遣り手の席に多く座っていた頃は来ていない…… 最近の客か……) 梅乃は静かに帳簿を開いていく。
第 百二十六話 情報戦「これは幕府公認だった吉原に対する宣戦布告のようなものだ!」 ある妓楼主が大声を出す。この会議には大見世と中見世、小見世からも香梅楼の洋蘭が参加していた。「おそらく深川の遊郭なんだろう…… 東京府で大きな花街は二つだからな」 明治十一年 一月。 西南戦争が終結して半年が経つ頃である。政府は自由な商売を推進。 吉原だけが特別だった風潮を一新するようにしていた。その中で、深川の花街が頭角を現していく。 また、幕府に禁止されていた銭湯の二階などで行為をする『湯女』なども復活してしまった。湯女は女郎とは違い、銭湯の番台に座る看板娘が夜になると客を二階に誘う。三味線や小唄を唄い、娯楽的に集まる男性を客にしている。 場代が掛からない為、安価で楽しめることが庶民から支持を得ていた。「このままじゃ、代々続いてきた吉原という看板に泥を塗ってしまう。 何か良い案はないものか……」大見世や中見世は江戸時代から続く見世であり、内装こそ洋風に変わったりもしたが風習などは江戸時代から続く見世ばかりだ。 短期間で成長した小松屋くらいが知らないだけである。「すみません…… 小松屋《うち》は新参者ですが、この吉原という町が日本一だと思っております。 同じように吉原を守るのが務めだと思っております……」小松屋の主《あるじ》 小松崎が力強い言葉を掛ける。そんな中、黙ったまま話を聞いて
第 百二十五話 二人羽織 初陣で客の指名を受けた古峰が宴席に入ると 「待ってたよ、古峰ちゃん……」 客は嬉しそうな顔をしている。 「は 初めてなので緊張しますが、よ よろしくお願いいたします……」 古峰は膝をつけ、しっかりと頭を下げる。 「しっかり者だよね。 さすが禿たちの長女だな」 客が満足そうに酒を口にするが (すみません、三女なんです……) そう言いたかけたが、言葉を飲み込んでいく。 古峰は背も高く、冷静な行動をする。 実に姉らしいのだが (一番、背が低いのがお姉ちゃんなんです……) これも言いたいが我慢する。 「失礼しんす…… お酒と料理を運んでまいりました」 襖がスッと開く。 運んできたのは小夜だった。 「おやおや、君も若くて素敵だね」 客が小夜を誉めると (若ければいいのか……) 古峰は男というものを知ってしまったような顔になる。 客が酒を飲むと小夜が注ぐ。 古峰は静かに琴の演奏を始めた。 宴席が盛り上がっていくと 「そろそろ会計も終わりかな……?」 采は苦労しながら立ち上がる。 その脇から梅乃が支え、部屋に連れて行ってもらうようになっていた。 采は段々と足が弱くなっていたのだ。 梅乃は、采の寝所でマッサージ
第 百二十四話 こぼれ噺《ばなし》 「お~い~ら~ん……」 梅乃は第二子の具合を診に玉芳の家まで来ていた。 “ポカンッ――” 勢いよく出てきた玉芳が梅乃の頭を叩く。 「お前な…… 引退してから何年が経っていると思っているんだ! 近所の人だって、知らない人も多いんだ。 それなのにデカい声で……」 玉芳が追撃のゲンコツを落とす。 「すみません……」 シュンとする梅乃。 すると、玄関から大江が出てくる。「これ、お医者様になんてことを……」 「大江様、お久しぶりです」 梅乃がニカッと笑うと、大江も笑顔になり 「しかし、梅乃ちゃんは立派になったね~。 まさか、お医者様になるなんてな~」 「いえ、赤岩先生や岡田先生がいたからです」 「それと、采さんだろ?」 大江も三原屋の常連だったので、中の事情を知っていた。 梅乃は大江の家に入り、赤子の診察を始める。 「熱はないみたいですね。 これなら安心ですが……」 梅乃がチラッと玉芳を見る。 「何よ? どうしたの?」 玉芳が訊くと 「名前、教えてください」 梅乃が微笑むと 「名前? 今更?」 「へっ? 今更? 私は知りませんが……」 梅乃がポカンとすると
第十四話 先制攻撃「お前、何を言っているんだい?」 采が驚いている。「いえ、なんとなく言っただけですが……すみません」 梅乃は、しきりに謝っていた。 采は無言で、そろばん弾きをしていた。「んっ? これは……」 (これは正解かもしれないね……あの子、なんていう事を言いだしたんだ……) その後、三原屋は薬屋を呼んでいた。 「この人数をですね……かしこまりました」 薬屋は頭を下げて、見世を後にしていった。 「ま、まさかお婆……」 梅乃は驚き、采の元へ歩み寄った。 「お前が言ったんじゃないか……」 采はキセルに火をつけた。 梅乃は、こんな事態になると思わなかったが、これは良い
第十三話 忍び寄る猛威三原屋が勝来をトップに据えて三か月。段々と勝来も、自分の立ち位置に慣れてきた頃である。「えっ? 私が?」 菖蒲は驚いていた。菖蒲は中級妓女として二階の部屋を使わせてもらうようになった。つまり出世である。夜の営みなどがある場合は、下女であれば金額も安いため 大座敷にパーテーションを立てての行為であり、横の営みなどが丸聞こえである。しかし、恥ずかしいなどとは言っていられない。 とにかく稼がないといけない立場である。今回、菖蒲が中級妓女になり、二階の部屋が徐々に埋まってきた。これは酒宴の間を含む、部屋数が限られるからだ。ここで、二階を使うのが勝来、信
第十二話 勝来玉菊灯篭が始まり、二日目。「おはようございます」 今日は梅乃より小夜が早起きをしていた。「なんだ、今日は小夜の方が早いんだな」 片山は、掃除をしながら小夜と話していた。「えへへ~ 潤さんこそ、いつも早いですよね♪」 小夜は片山からホウキを受け取り、外を掃いていた。そして誰もが待っていた時間、朝食である。「モグモグ」 小さな音で細かく噛んで食べる小夜に対し、 「ガッ ガッ」と口に流し込んで食べているのが梅乃である。性格も反対である。 オドオドしている小夜に対し、正面から当たっていく梅乃。 そんな二人だが仲がいい。これは “人の法則 ” と、言うのであろうか。
第十一話 玉菊《たまぎく》灯篭《とうろう》七月、蒸し暑い吉原では活気が出てきていた。酒宴も多く、大見世から河岸見世まで客が溢れている。「おはようございます。 潤《じゅん》さん」 梅乃は男性職員に挨拶をする。「おはよう。 梅乃は、いつも早起きなんだな~」 そう言って、梅乃の頭を撫でる。この男性職員は 片山《かたやま》 潤一郎《じゅんいちろう》と言う。 いつも笑顔で、爽《さわ》やかな若い衆である。「今日も、ここを頼めるかい?」 片山は、梅乃にホウキを渡した。梅乃がホウキで掃いていると、少し後に小夜がやってくる。「梅乃、おはよ♪」 小夜はニコニコしていた。「どうしたの? なん